ポイント
- 3月13日に公表された第15次五か年計画には大きなサプライズはみられず、従来の基本路線である産業技術イノベーションを継続して重視する姿勢が鮮明となった。
- 急速なAI普及がもたらす労働市場へのリスク対応に加え、人々の新たな生活圏としての「県」の役割拡大、そして経済安全保障関連ではレアアース等の競争優位性の持続的強化がうたわれている。
- 中国の官僚機構は、奇抜な新構想を打ち出すのではなく、山積する国内課題に対し、実直かつ精緻な政策パラメーターの調整に注力する方向にある。
大きなサプライズは無かった
2026年3月5日から12日にかけて北京で全国人民代表大会が開催され、閉幕後の3月13日、中国の第15次五か年計画(2026-2030年)の概要が公表された。正式名称は「中華人民共和国の国民経済と社会発展の第十五次五か年規画綱要」である。本計画から読み取れることも少なくないと思われる。
五か年計画では、中国政府として主要な目標や重点産業、重点技術領域が示される。この国家レベルのロードマップとそこに含意される優先領域に基づき、各省庁や地方政府が今後実働部隊として政策を実行していく。そのため、今後5年の官僚機構の動きを見通すうえでの最重要文書といえる。
今次五か年計画は、文章として全18編62章構成であった。主要な内容は昨年10月に公表された素案に概ね沿ったものであった。各論として盛り込まれた、例えば「AIプラス行動(産業・経済・社会におけるAI融合を促す国家戦略)」や「未来産業」といった語彙および政策アイデアも、すでに先行して公表され、一部実施が進んでいるものが多かった。5か年の経済成長率目標が設定されなかった点は注目を集めたものの、それを除けば概ねサプライズは無かったと言えるだろう。
素案からの差異:デジタル化と人口問題
五か年計画の目次を見ると、以下の二点をまず確認しておく意義があるだろう。
第一に、産業技術イノベーションの重視である。この立場は長らく続いてきたもので、今回の五か年計画においても、冒頭の導入部分のあとの、第二編が「現代産業」、第三編が「科学技術」、第四編が「デジタル化」となっている。近年、中国政府が経済政策として重視する国内消費の拡大が第五編に含まれていることを踏まえると、中国政府の力点はやはり消費よりも生産に置かれるのではないか、と思われる。
第二に、昨年10月の素案との差異である。大和総研の齋藤尚登氏の指摘のとおり、昨年10月時点では独立した項目としては記載されていなかったデジタル化および人口問題への対応が、今回の五か年計画では「独立した編立て」として位置づけられた。第四編「デジタル中国の建設を深く推進し、デジタルスマート化発展水準を引き上げる」では、まず計算資源の強化の方針が示され、次いでAIと実体経済の融合、公共サービスの応用といった項目が含まれている。人口問題は第十一編で、子育て支援、教育政策、健康年齢の引き上げが盛り込まれている。
AI政策の推進とそのリスク対応
その上で、内容面において筆者が特に関心を持って読んだのは、AI、県域経済、そして経済安全保障の三点である。
第一は、AI政策を推進した場合のリスクへの対応である。大方の予想通り、今回の五か年計画ではAIへの言及が増加した(表1)。言及回数は前回の6回から今回は30回と、かなりの増加と言えるだろ。いままで「創新」(イノベーション)と若干抽象的に言われてきた事柄が、より特定技術への言及に置き換わったとも考えられる。
ここで注目すべきは、国際労働機関(ILO)のレポートでも指摘されているように、生成AIの発達はとりわけ高所得国と高位中所得国の労働市場に影響を与えると推計されている点である。つまり、AIの社会実装を推し進めるほど、短期的には労働市場での代替問題に直面するという、ある種のAI政策のジレンマが発生しうる。高所得国化を目指す中国においても、研究者や政府関係者も当然この問題をかねて把握している。筆者が今年参加したある国際会議でも、中国側の経済学者は、研究テーマのなかに常にAIがもたらす影響を念頭に置いていた。
本五か年計画では、この懸念への対応についても言及されている。全体としては、産業イノベーションや社会実装、法制度の整備、一帯一路構想と紐づけた対外的な中国ソリューションの提案といった前向きな用例が目立つ。しかし一か所だけ、若干トーンの異なる登場場面がある。それは第41章「高品質かつ十分な就業を促進する」の箇所である。そこではまず、「高品質かつ十分な雇用の実現を優先目標と位置づけ、重要政策、重要プロジェクト、重要な生産力配置が雇用に与える影響評価メカニズムを整備する」と述べられている。そして「対外環境の変化や人工知能など新技術の発展が雇用に与える影響に、総合的に対応する」と述べ、「高品質かつ十分な雇用に関する評価体系を構築する」としている。
要するに、AIが労働を代替する状況をモニタリングし、適宜対策を打つ、と五か年計画に書かれていることになる。モニタリングは企業レベルや労働者レベルの調査を通じて、比較的高い精度で実施可能だと思われる。問題は対策となるだろう。教科書通りの対応としてはリスキリングを通じた部門間の労働移動を促進することだが、その実現は容易ではないだろう。
表1 五か年計画における「創新」と「人工知能」の登場頻度
| 第12次五か年計画(2011-2015年) | 第13次五か年計画(2016-2020年) | 第14次五か年計画(2021-2025年) | 第15次五か年計画(2026-2030年) | |
|---|---|---|---|---|
| 「創新」(イノベーション)の登場頻度 | 130 | 238 | 165 | 139 |
| 「人工知能」(AI)の登場頻度 | 0 | 4 | 6 | 30 |
生活圏としての「県」の重要性
二点目は、「県域」への言及である。中国の行政区分は中央・省レベル・市レベル・県レベル・郷鎮レベルとされているが、過去3つの五か年計画と比較して、今回の第15次五か年計画では、県レベルへの言及が相対的に目立った(表2)。
具体的には、第26章「住みやすく働きやすい、美しく調和のとれた農村の建設を推進する」では、「県域を単位としてインフラおよび公共サービスの配置を科学的に計画し、県域におけるインフラの一体的な計画・建設・管理・維持を推進する」、「県域の一般高等学校および寄宿制学校の教育条件を改善し、医療従事者の下方配置を重点として、緊密型の県域医療共同体の整備を推進する」と明記され、県レベルがインフラ、教育、医療などの公共サービスの中核として役割を果たすことが強調されている。また、都市化に関する第31章「人を中心とする新型都市化をさらに深化させて推進する」では、「人口が県城および中心鎮へ合理的に集積するよう、秩序立って促進する」と記している。
中国を見る上で、県域が人々の生活の場として重要性を増しているとの指摘が近年なされている。大都市が、まさに米国をはじめとする地政学的競争の大舞台となり、モーレツな働き方と政策資源の集中投入により、科学技術イノベーションをけん引することが期待される一方で、大多数の人口が一歩充実した子育てと公共生活をする場としては、村ではなく県域が重要な空間として期待されているのではないか、という見立てである。
今回の五か年計画と、過去の3つの五か年計画を見ると、省や村といった行政レベルへの言及が継続的な減少を見せる一方で、県への言及は増加した。この観点から言えば、五か年計画の冒頭にある産業技術イノベーション、そしてデジタル化は、国際競争を生き抜く上での優先事項であり、大都市を中心に期待される課題である。その一方で、その背後にある広大な国土と、大都市の競争から「降りた」人々にとっての豊かな生活の基盤として機能することを期待されているのは県域なのかもしれない。
表2 五か年計画における「省」、「県」、「村」の登場頻度
| 第12次五か年計画(2011-2015年) | 第13次五か年計画(2016-2020年) | 第14次五か年計画(2021-2025年) | 第15次五か年計画(2026-2030年) | |
|---|---|---|---|---|
| 「省」の登場頻度 | 14 | 19 | 16 | 14 |
| 「県」の登場頻度 | 24 | 33 | 25 | 38 |
| 「村」の登場頻度 | 106 | 137 | 115 | 68 |
経済安保への言及も維持
第三に、経済安全保障についても取り上げておこう。食品安全の用例も含む「安全」の登場頻度を見ると、今回は140回となっており、前回、前々回よりも減っている。ただ、これは国家安全保障を重視する方針が変わったからではない。実際に「国家安全」の用例は前回、前々回と変わらない(表3)。特に第51章「国家安全体系と能力建設を強化する」では前回と同様に国家安全を繰り返し強調している。
第52章「国家経済安全を保障する」では、食糧安全保障、エネルギー資源安全保障、金融を中心とするリスク対応、サイバーセキュリティが取り上げられている。米国によるイラン攻撃を受けて、原油輸入への注目が集まっているが、この状況が顕在化する前に策定された五か年計画においては、原油約2億トンの生産を維持することが記されている。
また、レアアース(希土類)への言及は、経済安全保障の章では直接言及されていないが、第4章「伝統産業を最適化し高度化する」にて、「産業チェーンおよびサプライチェーンの安全リスクに関する評価および対応メカニズムを整備・充実させ、レアアース、レアメタル、超硬材料などの競争優位性を持続的に強化する。あわせて、重要な戦略的鉱物資源の高品質かつ高効率な総合利用を強化する」と記されている。
表3 五か年計画における「安全」の登場頻度
| 第12次五か年計画(2011-2015年) | 第13次五か年計画(2016-2020年) | 第14次五か年計画(2021-2025年) | 第15次五か年計画(2026-2030年) | |
|---|---|---|---|---|
| 「安全」の登場頻度 | 80 | 178 | 180 | 140 |
| うち「国家安全」の登場頻度 | 2 | 22 | 22 | 22 |
以上、筆者の関心に沿って、AI、県域、そして経済安保を取り上げてきた。五か年計画を通読すると、全体として安全保障よりも、やはり産業発展や経済社会の維持発展が重視されているように見受けられる。そして就業問題、少子高齢化問題、社会保障問題、地方のインフラ整備など、外交・国際問題に取り組む以前に国内で直面している課題の多さも感じられる。総じて、奇抜なアイデアではなく、実直で微妙なパラメーター調整を、中国政府は行おうとしているようである。
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