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【現場編】経済安保リスクは現場に潜む――サプライチェーン・退職者管理・リモート会議、実務担当者が見直すべき3つの盲点

本稿は、電通総研経済安全保障研究センター(DCER)の研究陣が執筆し、2026年4月に日経BPより刊行予定の書籍『経済安全保障とビジネス』(第5章「実務者のための経済安保Q&A」)から、企業の経営層・実務担当者にとって特に重要な3問を抜粋・収録したものです。
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【Q】
サプライチェーンはどう可視化するの?

【A】
経済安全保障の観点からサプライチェーン(供給網)を検証する際は「支配と依存」「制度」「信頼と健全性」という3つのリスクを意識する必要がある。「支配と依存」は他国の戦略的不可欠性に起因するリスクで、特定国への依存度が極めて高い重要鉱物が典型だ。「制度」は輸出規制や制裁など法制度のリスク、「信頼と健全性」は取引先の支配構造や経営者の属性、製品・サービスの品質(サイバーリスク対応を含む)に関わるリスクだ。

企業における経済安全保障の目的が事業継続にある以上、可視化にも優先順位を設けるべきだ。限られたリソースの中で「どのリスクをどこまで可視化するか」を明確にすることが重要になる。

実務では3つの段階を踏むといい。まず、取引先データの整合性をとること。社内のシステム内で、同一企業に複数のコードが紐づいているケースは多く、これを統一しなければ依存関係の把握が進まない。次に、代替が難しい調達先の特定。特に重要品目については、サプライヤーの協力を得て2次・3次の間接調達先まで把握すべきだ。最後に、対策の実行である。手段は原則として、①備蓄、②代替調達ルートの確保、③省資源・リサイクル、④代替品の開発、の4つに限られる。調達先に寡占企業や制裁対象企業が見つかれば、どの手段が有効かを速やかに判断し、実行に移さなければならない。

実行のスピードは、サプライチェーンを可視化するスピードと精度にかかっている。AIを活用した広範な可視化も有効だが、こうした3段階を整理してこそ意味を持つ。AIは万能薬ではなく、基礎を整えた上で活用すべき道具として捉えるべきだ。


【Q】
退職者からの情報漏洩をどう防ぐ?

【A】
高齢化が進行し、人材の流動性も高まる中、今後10年以内にバブル期入社世代が一斉に職場を去っていく。社内に蓄積された情報やノウハウの流出は避けがたいが、重要なのは退職者本人による漏洩だけでなく、転職先や旧知のネットワークを介した「2次漏洩」をいかに最小化するかだ。

社員の退職時には、守秘義務が退職後も継続することを明確に伝え、重要情報に触れていた優秀な人材とは定期的な連絡を約束しておくことが望ましい。人事部門も特に優秀層が退職した際は、通常よりも高い注意を払う必要がある。近年、アルムナイ(卒業生)制度やカムバック採用を活用し、良好な関係を保ちながら退職者を継続的に管理する企業が増えている。同窓会や業界交流会などを通じて優秀層の消息を把握する他、LinkedInなどのビジネスSNSを情報源として活用することも有効だ。

一方、退職者やOB・OGが自由に構内へ立ち入れる制度を持つ企業は、見直しが必要だ。管理面で不正競争防止法上の「営業秘密の管理性」を十分に満たせなくなる恐れもある。実際、退職者が中心となって知的財産や設計情報を競合企業に流出させた事例も報告されている。人材管理の姿勢は「去るものを忘れる」から「去ったものを把握する」へと転換が迫られている。退職者は単なる「過去の人材」ではなく、潜在的なリスクであり、同時に再び企業の資源となり得る存在として位置付ける視点が求められる。


【Q】
リモート会議で技術情報の共有は大丈夫?

【A】
新型コロナウイルス禍を機に、働き方は劇的に変化した。VPN(仮想私設網)を介したリモートワークは、メールやファイルの送受信にとどまらず、通話や会議など双方向のコミュニケーションとして日常化した。今や会議アプリのTeamsや、ビデオ会議サービスのZoomを使わないビジネスパーソンはほとんどいないだろう。しかし、その利便性の裏で職場と世界、社内と社外の境界が急速に曖昧になっている。

VPN機器の脆弱性も課題だが、さらに注意すべきは「使う人間の無警戒さ」だ。国境をまたいだリモート会議で、外為法上の「特定技術」を画面共有したり口頭で説明したりする行為は、国外提供とみなされ、経済産業相の許可が必要となる。国内会議であっても参加者に非居住者、または「特定3類型」に該当する人物が含まれる場合も同様の扱いとなる。

また、録画・録音データが海外サーバーを経由して保存されると、形式上は「国外への技術提供」に当たる。録画機能や自動字幕、チャットログなどの保存先サーバーは、日本国内またはホワイト国のものに限定するか、社内クラウド内に閉じる設定することが望ましい。

最近では、ICレコーダーの音声をAIで自動翻訳・議事録化するツールも普及している。しかし、その処理がどこの国のAIで行われ、送信データがどこに保存されるのかを確認せずに利用すれば、外為法違反や情報漏洩のリスクを招きかねない。便利さよりも「守るべき価値」を優先する姿勢が問われている。