ポイント
- 米国・イスラエルとイランの軍事衝突は、発生から3週間が経過し、収束の兆しがない。背景には、イランによる広範な反撃に加え、米国とイスラエルの間で軍事攻撃の目的に関する認識の相違がある。
- イランによる反撃対象は、当初の湾岸諸国に所在する米軍基地から、湾岸諸国のエネルギー施設へとシフトしつつある。軍事紛争は報復の連鎖により、混迷の様相を深めている。
- 停戦や封じ込めに失敗すれば、この危機は一時的なエネルギー価格高騰にとどまらず、世界経済に長期的なインフレ圧力と成長下押しをもたらす構造的ショックとなる可能性が高い。
米国・イスラエルが対イラン軍事攻撃を実施してから3週間が経過した。2月28日の攻撃により、イランの最高指導者ハメネイ師が死亡。イランはこれに対し、イスラエルおよび湾岸諸国に対して弾道・巡航ミサイル、無人機による大規模な報復攻撃を実施しており、軍事的応酬が続いている。イランは、ホルムズ海峡の封鎖を宣言し、ペルシャ湾の民間商船への攻撃を行うなど、紛争は中東地域に留まらず、世界のエネルギー市場や海上物流、ひいては国際経済全体を揺るがす事態へと発展している。
対イラン軍事攻撃の経緯と軍事的応酬の拡大
今回の軍事攻撃の目的について、ヘグセス米国防長官は3月19日の記者会見で、この戦争の目的は、イランの核兵器保有阻止、ミサイル発射能力の破壊、防衛産業および海軍力の弱体化であり、開戦時から目標は変わっていないと説明している。他方で、イスラエルは、イランの宗教指導者、軍事指導者、政府関係者の排除によるイランの体制への圧迫に主眼に置いているとみられる。
米国のギャバード国家情報長官は3月19日の米下院の公聴会で、「米国の設定した目標とイスラエル政府の設定した目標が異なっている」と証言している。軍事行動においては、攻撃目的を明確にすることが紛争の終結のエンドステート(最終的な到達状態)を定める上で重要であるが、米国とイスラエルの目的に微妙な乖離があることが、今回の紛争の拡大管理を困難なものにしている。
2月28日に開始された攻撃で、米国・イスラエル両軍はイラン17州の900以上の目標に対して攻撃を実施した。標的はイランの防空システムや弾道ミサイル等の反撃力、革命防衛隊の高官ならびに指揮中枢、国内治安機関、防衛産業であり、米軍はホルムズ海峡周辺のイラン海軍に対しても攻撃を行った。イランはロシア製(S-300等)、中国製(HQ-9等)の防空システムを運用していたが、米・イスラエル空軍に対してはほぼ無力であったと評価されている。
対するイランも同日、湾岸諸国およびヨルダンの米軍基地、イスラエル本土に対して、弾道ミサイル、巡航ミサイル、無人機による反撃を行った。3月2日にはサウジアラビアのリヤドにある米国大使館が無人機による攻撃を受けた。同日、イラン革命防衛隊幹部が「ホルムズ海峡を通航しようとする船舶を焼き払う」と発言したことで、同海峡を通航する船舶は激減。3月6日までに民間船舶11隻が被弾した。これに対し米中央軍は3月10日、ホルムズ海峡周辺のイランの機雷敷設艦艇16隻を破壊したと発表している。
イランの周辺諸国への反撃は、米国・イスラエル両軍によるイランの反撃力への攻撃により、3月9日以降は散発的になっている。米国戦争研究所(ISW)によれば、アラブ首長国連邦(UAE)への弾道ミサイルおよび無人機による攻撃数は、いずれも開戦直後と比べて激減している。ただし、イランによる反撃目標は、当初の湾岸諸国の米軍基地からサウジアラビアを含む湾岸諸国のエネルギー施設へと変化している。
イスラエルは3月18日、米国の攻撃が政治・軍事目標に攻撃を限定していたのに比べて、イスラエルはエネルギー・インフラ施設にも攻撃を加えており、紛争のステージを一段と上げる事態となっている。イランはこれへの報復として、カタールやサウジアラビア等湾岸諸国のエネルギー関連施設への攻撃を激化させており、紛争は報復の連鎖が積み重なる混迷の様相を深めている。
国際エネルギー市場への影響
この軍事的エスカレーションは、国際エネルギー価格を直撃した。ドバイ原油のスポット価格は、紛争直前の1バレル70.70ドルから、3月19日には169.80ドルと2倍に跳ね上がった。この急騰は先物市場の思惑先行だけではなく、現物供給の途絶が招いている側面がある。ロイターによれば、ホルムズ海峡の途絶により、世界需要の約12%に相当する中東からの原油・石油製品の供給は日量1200万バレル減少している。代替としてロシア産ウラル原油、ノルウェー産サワー原油、米国産サワー原油などへ需要がシフトし、その結果、それらの価格も連鎖的に上昇している。これは航空燃料、軽油、ガソリン、ナフサなど関連製品の価格高騰につながり、製造業・輸送業のコスト構造を悪化させつつある。
LNG(液化天然ガス)も深刻だ。イランの反撃により、カタールにおける世界最大級のLNG輸出拠点であったラスラファンが複数回にわたり攻撃を受け、LNGプラントに被害が出ている。国営のカタール・エナジーは、今回の被害により同国のLNG輸出能力の17%が失われ、復旧には3~5年を要する可能性がある、と表明しており、同社のカアビCEOは、供給義務を免れる「フォースマジュール(不可抗力宣言)」を最大5年間宣言せざるを得ないと発言している。被害は、LNGプラントだけでなく、LPGやヘリウム生産設備にも及んでおり、数年にわたり影響が出る可能性がある。中東産のLNGの供給途絶により、他地域のLNG価格も上昇している。カタールのプラントで広範な被害を受けているとの報道を受け、3月19日のアジア向けLNGスポット価格は前日比で30%以上高騰し、価格の高止まりが常態化する可能性がある。
チョークポイント封鎖の経済的帰結
イランは紛争開始直後にホルムズ海峡封鎖を宣言し、3月11日にはペルシャ湾やホルムズ海峡で複数の民間船舶がイランからとみられる攻撃を受けた。イラク近郊のペルシャ湾でタンカー2隻が攻撃を受け炎上、また、ホルムズ海峡周辺では日本船籍のコンテナ船、タイ船籍の貨物船など3隻が被弾した。軍事紛争前は1日平均で100隻近い船がホルムズ海峡を通過していたが、3月2日以降は通航船舶が一日平均5隻以下になっている。

ホルムズ海峡は、エネルギー輸送のチョークポイント(海上交通の要衝)となっており、狭いところで21海里(約35km)の幅しかなく、航路帯は東行き西行きとも2海里(約3km)となっている。この海峡を原油が日量約1500万バレル、石油製品が日量約500万バレル通過(2025年、IEA調べ)している。これは、世界の海上石油輸送の約25%にあたる。また、カタールやUAE産のLNGも年間約112bcm(2025年、IEA調べ)が同海峡を通過し、これは世界のLNG貿易の約20%にあたる。ホルムズ海峡を通る原油の86%、石油製品の72%がアジア向けで、LNGの約90%がアジア向けある(いずれも2025年、IEA調べ)。このうち原油の行く先は、中国が30.6%、インドが14%、その他のアジア諸国が41.3%(2025年、IEA調べ)である。
代替経路としてはサウジアラビアの東西パイプラインでペルシャ湾岸から紅海ヤンブー港に送るルート(最大日量700万バレル)、UAEからオマーン湾のフジャイラ港へのパイプライン(日量最大180万バレル)が存在するが、IEAは、このうち代替可能なのは350万から550万バレル程度と推計している。したがって、封鎖が続けば、これらの代替ルートがフルに機能したとしても、世界に供給される原油の内、日量1000万バレル程度が不足することになる。
また、イラン革命防衛隊は、ホルムズ海峡を通過する船舶を標的とする可能性を示唆しており、既に複数の船舶被害と船員死傷が報告されている。この結果、保険料、運賃、危険海域割増料金が上昇し、エネルギー価格上昇に加えて物流コストが急騰している。グローバル経済にとっては、供給ショックと輸送ショックが同時に進行していることになる。
この紛争はマクロ経済政策にも影響を及ぼし始めている。英国では、中東危機による燃料高・エネルギー高を背景に、イングランド銀行が3月19日に政策金利を3.75%で据え置きつつ、インフレ上振れへの警戒を強めた。スイス国立銀行も同日、地政学危機による不確実性と安全資産としてのスイスフラン上昇を意識して政策対応を示した。各国中銀にとって問題なのは、景気減速リスクが強まる一方で、エネルギー高を通じて物価上昇圧力が再燃することである。まだ1970年代の石油危機ほどではないが、地政学リスクによるエネルギー価格の上昇が、スタグフレーション(景気後退化のインフレ)を引き起こしかねない危機の瀬戸際にあると言えよう。
日本への影響
日本は、原油の94%を中東に依存している(2025年、財務省貿易統計)。ただし備蓄は豊富であり、2026年3月16日現在で民間備蓄89日分、国家備蓄146日分、産油国共同備蓄6日分の計241日分が備蓄保有されており、ホルムズ海峡封鎖によって直ちに供給が途絶することはない。LNG(2025年中東依存度10.8%、ただしホルムズ依存度は6.3%)、LPG(2023年中東依存度4.3%)は調達先の多角化が進んでおり、ホルムズ海峡封鎖の影響は小さい。
最大の懸念は、中東依存度が約4割のナフサである。ナフサはプラスチック、合成繊維、塗料、洗剤、肥料、医薬原料などほぼ全ての製品に使われているエチレン、ベンゼンなど基礎化学品の原料となる。ナフサは原油の精製で得られるため、国産が4割、輸入が6割となっている。輸入の73.5%を中東諸国に頼るため (2024年、財務省貿易統計)、国内需要の44%をホルムズ海峡に依存している。民間在庫は約20日分と少なく、すでに三菱ケミカル、三井化学、出光興産ではナフサを原料とする基礎化学品の減産が始まっている。
今後の見通し
イランによる周辺諸国への反撃は、米国・イスラエル両軍によるイランの反撃力への攻撃により散発的になっているものの、湾岸諸国のエネルギー施設への攻撃が続いている。また、ホルムズ海峡の封鎖も解除の見通しは立っていない。
3月19日の日米首脳会談では、イラン情勢が話題に上り、イランが事実上封鎖するホルムズ海峡を含めた中東情勢の安定に向け、緊密に連携していくことで一致した。ホルムズ海峡への艦船派遣など、当初懸念されていた要求もトランプ大統領からは出されなかった模様だ。
2月28日に始まった米国・イスラエルによる対イラン攻撃は、当初の核・ミサイル能力の無力化という目的の軍事紛争にとどまらず、エネルギー供給、海上交通に大きな影響が出ており、日本を含む資源輸入国の産業活動にまで波及する国際経済危機へと発展しつつある。特に重要なのは、イランが報復として湾岸のエネルギー基盤を直接の攻撃対象にしたことで、供給網の脆弱性が一気に顕在化した点である。今後、ホルムズ海峡の通航がいつ回復するか、湾岸諸国の生産能力がどこまで維持されるか、そして米国とイスラエルが軍事目標の「達成線」をどこに引くかが焦点となる。停戦や封じ込めに失敗すれば、この危機は一時的な価格高騰にとどまらず、世界経済に長期的なインフレ圧力と成長下押しをもたらす構造的ショックとなる可能性が高い。
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